卑弥呼の時代から愛される刺しゅう|日本最古の刺繍は天寿国曼荼羅繍帳(てんじゅこくまんだらしゅうちょう)
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日本最古の刺繍作品(国宝)
日本において現存する最古の刺繍(ししゅう)作品は、奈良の中宮寺にて保管される天寿国曼荼羅繍帳(てんじゅこくまんだらしゅうちょう、7世紀、622年、推古天皇30年頃)です。
中宮寺
〒636-0111 奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺北1-1-2
0745-75-2106
大正10年(1921年)に当時の古社寺保存法に基づいて「旧国宝(重要文化財)」に指定され、その後、昭和27年(1952年)に文化財保護法に基づく現在の「国宝」に指定されました。
文化財としての指定名称は「天寿国曼荼羅繍帳残闕(てんじゅこくまんだらしゅうちょうざんけつ)」となっています。「残闕(ざんけつ)」とは、「一部が欠けてバラバラになった残り」という意味です。1400年前の飛鳥時代に作られたオリジナルの刺繍(本帳)は、長い歴史の中でほとんどが傷み、バラバラになってしまいました。現在残っている刺しゅうは、そのオリジナルのわずかな断片(飛鳥時代)と、鎌倉時代にそれを惜しんだ尼僧たちが残ったデザインを模倣して作り直したレプリカの断片(鎌倉時代)を、1枚の布にパズルのようにつなぎ合わせたものです。
天寿国曼荼羅繍帳は飛鳥時代の素晴らしい傑作であり、日本の刺繍としては最古の遺品ですが、世界全体に目を向けると、数千年前(紀元前)の刺繍がエジプトや中国などで発見されています。
世界最古の刺繍
1. ツタンカーメンの墓の刺繍(エジプト:紀元前14世紀頃)
世界で最も有名かつ古い刺繍遺品(エンブロイダリー、embroidery)の一つが、古代エジプトのファラオ・ツタンカーメンの墓から出土したチュニック(衣服)やサッシュ(帯)です。
- 年代:紀元前1300年代(約3300年以上前)
- 特徴:麻(ヘンプ)や亜麻(リネン)の生地に、ハヤブサや王のシンボル、幾何学模様などが高度なチェーンステッチやランニングステッチで刺繍されています。
2. 中国・戦国時代〜漢代のシルク刺繍(中国:紀元前4世紀〜紀元後1世紀頃)
中国は絹(シルク)と刺繍の歴史が非常に古く、天寿国曼荼羅繍帳よりもはるかに古い刺繍が最高の状態でいくつも発掘されています。
- 馬王堆漢墓(まおうたいかんぼ)の刺繍:湖南省長沙市にある紀元前2世紀(前漢時代)の墓から、驚くほど鮮やかなシルクの刺繍服や布が大量に見つかりました(信期繍や長寿繍と呼ばれる技法)。
- 江陵馬山一号墓の刺繍:湖北省にある紀元前4世紀(戦国時代・楚の国)の墓からは、龍や鳳凰、虎などがチェーンステッチ(鎖繍)でびっしりと描かれた絹の衣類が出土しています。
3. パジリク文化の鞍覆い(シベリア/アルタイ地方:紀元前5世紀〜前3世紀頃)
ロシア・アルタイ山脈の氷結墳墓(パジリク古墳群)から出土した、遊牧民族の遺品です。
- 特徴:永久凍土によって奇跡的に腐食を免れたフェルトや絹の布に、フェニックス(不死鳥)や格闘する動物などの複雑な紋様が、非常に細かいチェーンステッチで刺繍されています。
4. パラカス文化のテキスタイル(ペルー:紀元前3世紀〜紀元後頃)
南米ペルーの海岸地域で栄えたパラカス文化の墓地からは、ミイラを包んでいた織物や刺繍が発見されています。
- 特徴:アルパカなどの毛や綿を使い、シャーマン(呪術師)や神話上の生き物、精霊などが、現代のクロスステッチの先祖のような技法でカラフルに刺繍されています。
歴史的刺繍作品一覧(the oldest embroidery artifacts)
| 遺品・文化名 | 場所 | 年代 |
| ツタンカーメンの衣類 | エジプト | 紀元前14世紀 |
| 江陵馬山のシルク刺繍 | 中国(戦国時代) | 紀元前4世紀 |
| パジリク文化の刺繍 | シベリア | 紀元前5〜3世紀 |
| 馬王堆漢墓の刺繍 | 中国(前漢) | 紀元前2世紀 |
| 天寿国曼荼羅繍帳 | 日本(飛鳥時代) | 7世紀前半(622年頃) |
日本に刺繍の技術が伝わる数百年〜数千年前から、世界各地でその土地の素材(麻、絹、羊毛など)を使った高度な刺繍文化が存在していました。刺繍は人類共通の文化であるということができます。
鎖繍(さしゅう/くさりぬい)
鎖繍(さしゅう、くさりぬい)とは、糸を鎖(くさり)状に連続して縫い進める刺繍技法のことで、一般的にはチェーンステッチとして知られています。輪郭をはっきりと見せたり、面を塗りつぶしたりする際に用いられる、刺繍の最も基本的な技法のひとつです。
日本で現存する最古の刺繍作品は天寿国曼荼羅繍帳ですが、黒姫山古墳の出土品で見つかった技法である「鎖繍(さしゅう、くさりぬい)」は、現代の刺繍の分類でも基本とされる技法です。鎖繍は、人類が「ただ布を縫い合わせるだけでなく、模様を描こう」と考えたときに最初に編み出した最も原始的な技法であるため、その起源は数千年前まで遡ります。
考古学としての最古の出典
現在、考古学的に「世界最古の鎖繍(実物)の証明」として学術論文や報告書で挙げられる主な出典は、古代エジプトと古代中国の遺跡です。
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エジプト:ツタンカーメン王墓の出土品(紀元前14世紀)
- 出典:ハワード・カーターによる1922年のツタンカーメン墓発掘調査報告、およびその後の衣類分析(G.M. Vogelsang-Eastwoodらの研究)。
- 内容:ツタンカーメンのチュニックやサンダルの紐などに、非常に精緻な鎖繍(チェーンステッチ)が施されていることが科学的に確認されています。
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中国:シベリア・パジリク古墳群や江陵馬山一号墓(紀元前5世紀〜4世紀)
- 出典:『江陵馬山一号楚墓』(中国文物出版社・1985年発刊の公式発掘報告書など)
- 内容:衣服に龍や鳳凰がびっしりと刺繍されていますが、この時代の中国の刺繍はすべて鎖繍(中国語で「鎖繍」または「辮子股針」)で埋め尽くされているのが特徴です。当時の中国では、刺繍といえば鎖繍のことでした。
文献としての最古の出典
「鎖繍」という言葉や、刺繍という行為そのものが文字として記録された最古の出典は、古代中国の古典籍になります。
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『尚書(書経)』の「益稷(えきしょく)篇」
- 年代:成立は紀元前数百年(先秦時代)
- 内容:古代の聖王が衣服に施した12種類の紋様(十二章)について記されており、その中に「繍(しゅう)」という文字が登場します。当時の中国の刺繍の実物はすべて鎖繍であったため、文献上の「繍」は実質的に鎖繍を指していると考えられています。
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『説文解字(せつもんかいじ)』(紀元100年頃・後漢時代)
- 内容:最古の漢字辞書。「繍」という漢字の意味を「五彩を以て針を刺すなり(様々な色の糸で針を刺して模様を作ること)」と定義しています。
日本における「鎖繍」の最古の出典
日本国内に限定すると、以下の2つが最古のソースとなります。
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考古学(実物の痕跡):大阪府・黒姫山古墳(5世紀)などの出土鉄器
- 出典:布目順郎 著『絹の考古学』(雄山閣出版)など。鉄錆に付着した繊維を顕微鏡で分析し、日本最古の鎖繍の技法が確認されました。
- 刺繍の根本的な定義は、「すでに織り上がった布地(ベースとなる布)に対して、針と糸を使って後から模様を縫い表すこと」です。黒姫山古墳などの鉄器に付着していた繊維を顕微鏡で分析したところ、ベースとなる絹織物の表面に、別の糸が「チェーンステッチ(鎖繍)」の形でループを作りながら通り抜けている跡がはっきりと確認されました。これは織物の模様(織り込んで作る模様)ではなく、布の上に針と糸で後からステッチをかけた(=刺繍した)証拠であるため、刺繍の分類になります。
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文献(文字の記録):『三国志』の「魏志倭人伝」(3世紀)
- 内容:卑弥呼の献上した「青大句文錦」の「文(模様)」が、当時の中国の流行からして鎖繍による縫い取り(刺繍)であった可能性が高いと研究されています。理由は、名前に「錦(にしき)」という文字が入っているからです。
- 織物(錦)説:「錦」という漢字は本来、色の違う糸を複雑に織り込んで模様を作る「紋織物(ジャガード織りのようなもの)」を指します。そのため、文字通り「青を基調とした、大きな曲がった模様の織物」とする説です。
- 刺繍(縫い取り)説:一方で、「文」という字は「針で刺した模様(紋様)」を意味することがあります。また、当時の中国(漢〜三国時代)では、「織物(錦)の上にさらに鎖繍で細かな模様を縫い取る技法」が最高級品として流行していました。そのため、この「文」は鎖繍による刺繍のディテールを指している可能性が高い、というのが近年の繊維考古学的な研究の見解です。
世界的に見ても日本国内で見ても、刺繍の歴史の始まりは、すべて鎖繍(チェーンステッチ)から始まっています。
古代のファッション感
現代の衣服や手芸の分類に当てはめると、以下のように整理できます。
- 黒姫山古墳の出土品:手刺繍(ハンド・エンブロイダリー)の分類です。現代の刺繍と、根本的な構造はまったく同じです。
- 卑弥呼の青大句文錦:もし研究者の推測通りであれば、織物(ベース)+刺繍(デコレーション)の複合技法です。現代の高級衣装(着物やドレス)でもよく見られる、織物の上にさらに手刺繍を施して立体感や豪華さを出す技法にあたります。
つまり、どちらも時を超えて愛される刺繍(あるいは刺繍技術が含まれたもの)であり、刺繍は地球のどこにおいても言語や環境を超えて人類に愛されてきたといえます。
COSMO®刺繍糸は、天寿国曼荼羅繍帳が国宝に認定された3年後の1924年に始まり、今年102年を迎えるグローバル刺繍ブランドです。卑弥呼の錦(にしき)もCOSMOのnishikiito®(にしきいと®)に受け継がれています。